ファミマル公平のひとり言

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2011年03月31日

「 大阪が本当に良く分かる・・・ 」

安藤忠雄.jpg


日経新聞・安藤忠雄【 私に履歴書 】 から抜粋


◎大阪の実は・・・(今ちゃんの実は・・・)


「大阪は元気がない」といわれて久しい。

天下の台所と呼ばれ、江戸時代から日本中の物資が集まる、

商業・経済都市として栄えた大阪は明治以降も「煙の街」といわれるほど発展し、

(「煙の街」なんて、公害の街・大阪やんか・・・)

東京に次ぐ大都市だった。その活気は、

戦後日本の経済発展がピークに達した、1970年の大阪万博まで続いた。

が、成功に甘んじたのか、80年代以降は下降の一途をたどる。

(万博で大阪人たちは、精も根も尽きてしもうたんと違うやろか・・・)


◎大阪の土壌は・・・


大阪は昔から「商人の街」であり、

官に頼らない市民指導型で街づくりをしてきた。

幕末に栄えた大坂の私塾、緒方洪庵の適塾の精神。

それを引き継ぐ形で作られた大阪大学は、半官半民で設立され、

費用の大半は民間が負担したという。

いわゆる旧帝国大学のなかで、阪大は少々異端児だった。

(だから、阪大は京大や東大とちょっと違うんや・・・)

「公立大学は京都にあるから大阪は不要」という国の方針に対抗する形で、

大阪の経済界が自分たちのお金を出したので。


◎大阪の資質は…


大阪人の意思の強さと高い公的精神を感じさせるエピソードは多い。

「水の都」と呼ばれた大阪は八百八橋といわれるほど多くの端があったが、

それらの大部分は市民がお金を出した。

住友家が寄贈した中之島図書館、相場師だった岩本栄之助の寄贈による、

中之島公会堂など民間が作った建築は、今も大阪の景観を構成する大切な要素だ。

(相場師やった岩本はんは、その後大損して自殺しはったみたいや・・・)

大阪にシンボルをつくろうと、昭和初期に再現された大阪城も寄付による。


◎大阪のこれから・・・


「桜の植樹」に続いて、「ゴミを出さないまちづくり」を市長と共に呼びかけている。

日本一美しい都市を目指して、

大阪人の公的精神にもう一度賭けてみたい。 安藤忠雄

(自分も大阪人やけど、公的精神あるかないか微妙なとこや・・・)

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