ファミマル公平のひとり言

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2014年07月14日

「 日経「新幹線50年史」から・・・ 」

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『時速200㌔、列島小さく』


『 1965年10月1日。新大阪を朝6時に出る東京行き「一番列車」を運転した


大石和太郎(81)は大津を過ぎたあたりで速度を200キロに上げた」と振り返る。


 開業時の「ひかり」は片道所要時間が4時間。


160㌔の巡航速度でないと東京に早く着いてしまう。だが、「いつ200㌔を出すんだ」と


乗客から矢の催促を受けた車掌が「どうしましょう」と相談してきた。


「お客さんを楽しめなければ」。そう思い、自分の判断で200㌔を出した。


客室で速度表示を見る乗客から拍手が巻き起こった。


 大石はこの日、200㌔を2度出した。時間は別の区間で調整した。


新橋付近では京浜東北線に抜かれ、乗客が笑っているのが見えた・・・』


PS:この国にとって、いい時代の始まりでもあった・・・


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