ファミマル公平のひとり言

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2018年01月01日

「 元旦営業・365日24時間営業 etc. 」

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「日経新聞や日経MJ比べて、経済紙の主流ではないけれど、

どうやこうやと言われている朝日新聞12月26日の、

【波聞風問】から、カット無しのエントリーです。

この記事の最後の、太字のところはうちの社員のみなさんにも、

自ら販売しているおせちを味わいながら、考えて頂きたいところです」



小売りの風景「うちも元旦営業続けますか」


クリスマス商戦が終わり、百貨店やスーパーの店頭は迎春一色になった。


一方で「来年の元日営業やめます」という小売店、飲食店チェーンの


話を見聞きする。24時間営業の見直しも続く。働き方改革、生産性向上、


人手不足・・・・・・。そうした課題が経営者の背中を押すのだろう。


 ところで、今では珍しくない小売店の元日営業や24時間営業は、


どのように定着していったのか。調べてみると、稀代の起業家の


執念とドラマにたどり着いた。


 「日本航空は元旦から飛行機を飛ばしている。同じサービス業なのに、


何でうちは商売できへんねん」。これが彼の口癖だったという。


 願いは1995年にようやく実現する。前の年に営業日数・時間などを制限


していた大規模小売店舗法(大店法)が見直されたことがきっかけとなった。


 中内功(1922~2005)というダイエーを起こし、様々な商慣習を、


塗り替えたてきた起業家は、この年の元日、本拠地・神戸市の再開発地域に


あった店を午前10時に開けた。大手スーパーでは初の元日営業である。


彼が目指す「365日・24時間営業」の第一歩だった。


 だが、喜びもつかの間、2週間余り後、神戸を激震が襲う。神戸から阪神間に


多くの店を持つダイエーに大きな被害をもたらした阪神・淡路大震災である。


(当時、神戸に住む人からはダイエーの店は殆どが全壊したと聞いていた・・・)


この時のダメージがのちの経営危機の一因でもある。


 皮肉にも、ダイエーは震災を機に24時間営業の機会を手にした。


被災地に限り、1年間、閉店時間の制限をなくした「震災特例」である。


彼は8月、大型店初となる神戸の会員制ディスカウントストアの


24時間営業に踏み切った。


 中内さんはこの時「特例に終わらせずに、24時間営業を全国に広げる」


とぶち上げた。当時の大店法では、閉店が午後8時を過ぎる場合、


地元との調整が必要だった。


 元日営業は翌年の96年ダイエー、イトーヨーカ堂、西友へと一気に広がった。


 ただ、当時も個人消費は低調で、営業時間を延ばし、休日を減らして、


ようやく売上高を確保していたのが実態だった。大手スーパーの売り上げ高も、


97年の約16兆8千億円(日本チェーンストア協会)から減少傾向が続く。


 あれから20年余り、小売りの風景はずいぶんと変わった。


コンビニエンスストアは、5万5千店を超える。クリックすれば大概の商品が届く。


正月の福袋もネットで買える時代だ。あの時のように、営業時間を延ばせば、


それに見合う売上高を確保できるわけでもない。隣の店が開いているから、


うちも、という時代でもない。


 消費者が期待するのは、長時間営業ではなく、これまでにない商品、


わくわくするサービスだろう。元日、自ら販売していたおせちを味わいながら、


じっくりと、それを考える時間があってもいい。


(編集委員・多賀谷 克彦さん)


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